平成21年度自然保護委員会研修会の報告
自然保護委員長 菅原修三
記録担当 笈田孝俊
1 期目 平成21年7月25目(土)〜26目(日)
2 研修会場 島牧村宮内温泉旅館
3 巡検場所 大平山
4 講演 「大平山の植物とその現状」
講師 エコ島牧代表 吉澤隆氏
5 参加人数35名
【はじめに】
人は何故にこんなにも工一デルワイスに心を引かれるのであろうか。その星形にロマンをかき立てられるのだろうか。純白
の白い毛をまとい過酷な高山の気侯に耐える生命力に感嘆するのだろうか。人それぞれの想いはあるが、いずれにしても
気品とユーモアさえある人気の高山植物であることは間違いない。
今回の研修で、アルプスの工一デルワイスに近似しているオオヒラウスユキソウが自生している大平山と決めたのは、山
全体の自然が破壊されつつあるとの危倶が相当以前から聞かれ、地元有志による地道な活動が行われて来て、その保護
活動の経緯と大平山の現状について理解を深めるとともに、今後の山行に役立てまた他の山仲間への啓発に貢献したい。
また、今回、実施するに当たり、「エコ島牧」代表の吉澤隆氏と交渉する中で、30数名が登山することに難色を示されたが
、一般の登山と異なる研修の主旨をを理解して下さり了解を得た。委員会としても「エコ島牧」の活動精神に沿うように、次の
二点に留意を払って実施した。
1、3班に分割し、1班10名で編成。時差出発
オオヒラウスユキソウの最盛期でもあり、一般登山者が殺到するであろうから、30数名が一列に登った場合には、下山者
と交差する際には狭い登山路から草地へはみ出る可能性が大である。これは絶対避けなけれぱならない。
2、ストツクはプロテクター付で1本
登山路は狭いため2本の使用では両サイドの草地に突いてしまう虞れがある。可能な限り使用禁止としたいが安全面も考
慮しなければならず、1本の使用であれば、注意を払って登山路に突くと植生への被害は免れる。
【1日目】7月25日(土)曇りのち雨
1 受付 14時00分
全道各地より、あの象の「花子」が湯治した宮内温泉に集合。山仲間に会えるのは何度でも嬉しいものである。今夜は「山の話」か、「花子の話」か、それとも「工一デルワイス」か。
2 開会式 14時30分
道岳連副会長の西城氏より「昭和40年より山登りし、大平山には年1回は来ている。この問植生の変化を感じている。寂し
い姿になって来ているので大平山の自然をしっかり研修して欲しい。」と参加者へ啓発した。
3 講演 14時35分
菅原委員長より講師の紹介の後、早速講演に入る。
(講演内容は以下に要約する)
4 諸連絡 15時40分
・班編成
参加者を健脚A、健脚B、健脚C(!?)に分割。本人の申告によって班編成をしたが、健脚Cの数が多く、出来るだけ均等
になるように再申告を求めた結果望ましい編成が出来た。
・その他
この後本部諸め、隊長、班長、副班長、通信、救護の係が集まり、共同装備のチェック、通信の方法、翌日の実施の有無の
判断基準について綿密な打合せを行った。
5 夕食・懇親会 17時15分
小野理事長より「生憎の雨ですが、皆さんの熱意で好天になることを祈念して乾杯しょう」と気炎を上げ会食が始まった。
ふんだんに盛られた前浜の幸を肴に就寝時刻まで懇親を深めた。尚、就寝前に富良野山岳会の南部氏に「大平山の気象
情報」を入手するため、ウェザーニュースを受信出来る海岸付近まで車を出していただいた。
・講演の要旨
演題 「大平山の植物とその現状」
・ 大平山の植物を理解するには、この山と相対する狩場山をいくつ かの点で比較してみるのが良い。
狩場山は約200万年前の古い火山で安山岩から成り立っている。 一方、大平山は太平洋プレートの移動に伴って、日本
海溝に落ち込 む前に、海底地層が押し上げられた1億年前の石灰岩の山である。
・ 従っておのずと地形にもその相違が見られる。狩場山は茂津多岬 まで延びるゆるやかな溶岩台地を形成している。これ
により、東側に遅くまで雪田を残し、沢筋では15〜20mの積雪にもなる。 雪田が徐々に溶け出すことによって湿原地帯
が広がる。
・ それに対して大平山は隆起した山であることから、山稜が鋭く、 降雪は雪崩れてしまい積もることはない絶えず地肌が
露出し乾燥 した山肌となる。
・ 以上の点から狩場山の高山植物は湿性の植物であるのに対して、大平山のものは乾燥に強く、アルカリ性の土壌に耐え
られる植物と いうことになる。
・ 登山口からの樹林帯にも石灰岩や酸化カルシウムの塊が見られる。 この時期でも樹林帯から山頂まで30〜40種類の
花が観察できる。 沢筋ではイチヤクソウ、ギンリョウソウがある。
・ 尾根の草付地点はチャートや凝灰岩から成り、ヤマルリトラノオ、 フタマタタンポポ、ムラサキモメンヅル、イワオウギ、
キバナオウギが見られる。第一ピーク下部には、貴重種のカラフトマンテマが80個体しかないが、踏みつけ防止のため
ルートを付け替えた結果 相当の回復が見られる。
・ しかし、30数年前初めて見たホテイアツモリソウの印象は強烈 で、多数咲いていたが、最近まで残っていた5個体も
絶滅してしまったようだ。オオヒラウスユキソウとアツモリソウが盗掘のターゲ ットになっている。その他チョウノスケソウ、
ウラジロキンバイも被害にあつている。
・ 第ニピークから石灰岩の露頭が出現し、石灰岩を好む植物しか生育しない。代表的なオオヒラウスユキソウを始め、貴重
種であるアオチヤセンシダ、ミヤマウイキョウ、ミヤマゼキショウ、シコ タンヨモギ、アポイカラマツ、テガタチドリが見られる。
・ 第ニピークにおいても踏み荒しがあるためルートを変更した結果、大平山と道東にしか生育していないテガタチドリは最近
その数が増 加したように思われる。しかし、3年前にスコツプを放置したまま の盗掘跡を発見したことがあった。オオヒラ
ウスユキソウも盗掘のターゲットになっているが、繁殖しやすいためか現在でも多数生育している。
・ 第三ピーク(頂上)は北西の風の影響や笹藪が入り込み貴重種はない。頂上附近にはカタクリの群落やギョウジャニンニク
がある。 標高は高くはないのに植生が変化するのは地質による良い見本である。
・ 昭和46年に「狩場・茂津多道立自然公園」に指定された後、大平山の北東斜面が、環境省により、環境自然保全地域に
指定された。 しかし、その手前の斜面を指定地域にしてしまうと、立ち入り禁止となるため、林野庁が「大平山植物群落保
護林」として開放している。
・ 林道の崩壊や道道工事により一時入山者は減ったが、相変わらず盗掘はあとを断たず、検挙されている者が何件もある。
・質疑応答、
質間1 林道沿いに見られるタンポポとオオヒラタンポポは同一のものですか。
答え フタマタタンポポは高山種で属が異なるため、他のタンポポと交雑することはない。DNA鑑定の結果、泊川沿いの
岩床にあるオオヒラタンポポは独立種である。林道沿いにセイヨウタンポポが繁殖しているが、今のところ交雑種
は見あたらない。第一ピークより上には侵入していない。
質問2 盗掘が後を絶たないにもかかわらず、「エコ島牧」が厳しい規制を設けることなく活動をしていますが、その精神は
何に由来するのでしょうか。
答え 盗掘防止ネットワークの中で、入山規制の議論をしたこともあるが、登山口まで延びた道道の管理者は知事であり、
多額の工事費(200億円)をかけたこともあり、規制は難しい。また、林道は林野庁や環境省の管轄であり、任意団
体としての「エコ島牧」としてはいたしかたない状況である。しかし、環境省、林野庁、島牧村、道自然保護協会とチ
ームを組み、年10回程のパトロールを実施して保護・保全に努めている。
【2日目】7月26日(日)曇り時々霧雨
・起床 4時00分
菅原委員長が「予定通り実施します。」と宣言。
・朝食 4時20分
おにぎりとお茶
・登山口発 5時30分
雨は上ったもののいつ降ってもおかしくない空模様。
3班に分かれ、時差出発。沢筋は昨夜来の雨でツルツル、し
かも木の葉から雨だれが容赦なく落ちてくる。
・第一ピーク(810m) 7時35分
・隊長との無線交信
A班班長 「菅原隊長、このまま続行しますか。」
隊長 「その地点の気象状況や周囲の状況が分かりませんのでサブの土屋さんと合議の上、結論が出たら私まで連
絡下さい。」
A班班長 「時折風と共に雨が降ったり止んだりです。周囲の山も濃霧にすっぽり包まれて全く見えなくなることもあります。
天気は非常に不安定です。また、第ニピークの岩峰を30名が通過し終わるのに結構時間がかかると思われま
す。従ってこの地点から引き返した方が適切と考えます。隊長の指示を伺いと思います。」
隊長 「安全を優先するその判断でよろしいです。B班、C班にも伝えて下さい。」
A班班長 「了解。」
・第一ピーク(810m)8時05分
B班と第一ピーク下のお花畑での交差を避けるため、ピークで30分ほど待機。案の定足場が悪く慎重に下山開始。
・登山口着10時00分
A班が無事到着、その後40分ほどの間にB班、C班も無事到着。
・閉会式11時30分
宮内温泉に全員集合
・閉会挨拶
土屋副会長より「昨目の研修に続き、今日の実地研修は見事なまでにその成果を存分に果たしたと思います。事前の周
到な用意の下に安全に終了したことは嬉しいです。」と菅原委員長への労いの言葉があり、その後入浴して解散。
【むすび】
いずれの山にも、稀少な植物が自生する箇所では盗掘が、登山人口の増加により自然破壊が著しくなる。大平山も数々
の貴重な動植物が生息しているため例外ではない。未然に、荒廃を招かぬようにと村教委は登山を歓迎していたわけでは
なく、またガイドを控えるように要請もしていたようである。
しかし、中高年の登山ブームは一向に衰える気配もなく、更に泊川沿いに今金町へ抜ける道道工事が(現在は中止)行
われたことにより、その危機は一気に高まった。「エコ島牧」はゲートを設置して入山規制を行うことはせず、志を同じく
する仲間と多忙な時間を割いて、手間暇かかる監視パトロールを行っている。成果は上がっているようで、登山する者に
とって喜ばしいことである。
自然保護活動に様々な形体はあるが「エコ島牧」の活動理念は多くの岳人の共感を集めるに違いない。私達岳人も何ら
かの形で「エコ島牧」や島牧村に貢献したいものである。
吉澤氏にはフィールドでの説明をしていただけなかったのは残念であるが、多忙な中、貴重な講演をいただき感謝申し
上げたい。
また、宮内温泉旅館の主人には様々な面で便宜を計っていただきそのご厚意にお礼申し上げたい。
最後に島牧村の今後の発展と大平山の悠久の山河が島牧村に在ることを願って止まない。 (笈田記)