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[現地レポート]

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1999年09月

 

 

■キッチンの写真です 1999年11月30日17:30 記

 道新スポーツの井上記者から写真を転送していただきましたので、掲載させえていただきます。

●コメント

 マナスル登山隊ベースキャンプレポート
 キッチン編

   夕方4時半になると、そいそと高橋隊員がキッチンテントに向かう。
 今日は、久ぶりに隊員たちにコロッケを食べさせようと計画しているのです。
 今回のキッチンスタッフは優秀なのですが、日本食については今のところレパートリーが少ない。
 そこで日本食を教えようと高橋隊員の出番が多くなるのです。
 日本から持ってきた食材に現地の野菜を使い、日本人の味を教えるのですが、まずは自分が作って見本を示すことになるのです。
 ここで先にキッチンスタッフを紹介しておきます。
 
 コックはパルデ・タマン。ヨーロッパ、アメリカ、アジアと数々の遠征隊のコックを務め経験豊富。日本語を少し理解し勉強熱心なので高橋隊員の日本語と英語とネパーリー語が混ざった訳のわからない言葉でもちゃんと要望通りの料理を作ってくれる。
 
 キッチンボーイはビム・バハドール・カミ(20歳)
 彼は、トレッキングの経験は豊富だが、遠征隊のキッチンボーイを経験するのは今回がはじめてです。
 キッチンボーイの仕事はけっこう大変です。
 キッチンの裏方の仕事から水汲み、配膳、時にはキッチン用品の荷運びまでしなくてはなりません。
 毎朝、彼が各自のテントに運んでくるモーニングティーで1日が始まリます。
 どんなに朝早くても、要求した時間に起こしてくれます。

 登山隊も期間が長くなると一番重要になるのが食事です。
 短期間であれば気にならない現地の食事も、味にうるさい隊員たちは次第に飽きてきて食欲を無くして行くのです。だからコックの仕事は大変です。
 手を変え、品を変え登山期間中隊員たちの要求に答えながらスタミナの付く料理を毎回出さなくてはなりません。秋は食材も豊富でしたが、冬の今回は大変です。カトマンズでかなりの物を購入してきたものの、マイナス15度の毎日では生物を凍結しないようにするのも大変です。

 もっと大変なのは、水の確保です。暖かい日の昼間、氷河の上を流れる水を汲みに何度も往復しなければなりません。また、寒い日はBCの回りにある雪を溶かして水を作らなければなりません。

 今の一番人気は、味噌汁と梅干です。
 秋の時は現地食のダルバート(ご飯に豆の汁とタルカリーをかけたもの)が人気メニューだったのですが、さすがにネパール3ヶ月目となると日本食が恋しくなってきてしまいました。
 
 キッチン編の写真を送ります。
 キッチンの中で撮影しました。
 右からコックのファルデ、サーダーのパルテンバ氏、キッチンボーイのビム、シェルパのミンマ、フィンジョ、ファクパです。
 中央に石を積み重ねて作業台を作り、食事の用意がし易くなっている。

1999年11月30日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
キッチンテントの内部



■写真がいっぱい届きました 1999年11月30日14:30 記

 メールソフトの調子が悪く、しばらく画像データが受信できないでいました。
 たいへん失礼いたしました。
 どっと、道新スポーツの井上記者から写真が届きましたので、掲載させえていただきます。


 

●コメント

 道新スポーツ様
 札幌山岳連盟海外登山実行委員会殿
 ならびに札岳連各団体の皆様へ
 
 皆様お変わりございませんか。札幌はもう雪の中でしょうか。
 私達登山隊は、11月20日にベースキャンプ入りをしました。
 ここに着いた時は、秋に下山する時よりも少し雪が多いくらいでしたが、25日、26日と大雪に見舞われ、テントの除雪に一日中かかりました。
 前日までに付けた7Km先にあるABCまでのトレースは全て消えてしまいました。
 このトレースは氷河の中を複雑に、クレパスやセラックを迂回しながら付けてありますから再度トレースを付けるだけで2日かかります。
 準備と悪天候で今のところ予定より5日ほど遅れていますが、それを取り戻そうと全員登頂への意欲もさる事ながら各人の気合がますます入ってきました。
 これから登山隊のベースキャンプでの生活の様子をご紹介致します。
 まず、中心になるのは本部テントです。秀岳荘さんから登山隊のために寄贈して頂きました。
 家型テントで4mX6mの大きさがあり、太いポールを使って、高さも中心部で2.7m、端で1.4mあり、快適かつ丈夫にできています。
 このテントは妻側の両サイドにファスナーの大きな入り口があり、どちらに向けても使いやすいようになっています。
 また、6個の大きな窓もついています。
 このサイズのテントを2個つなぐことができ、場所さえあれば6mX8mまで広げられるように設計されています。
 今回は場所の関係で1つだけ設営しています。
 それでも十分な広さがあり、この中には装備、食料の箱がテントを取り囲むように置いてありテントを風から守っています。
 4隅の一角はオフィスとして使っています。
 ここには、衛星通信用のインマルサット、コンパックのコンピューター、リコーのファクシミリ、ヤエスの無線機などがところ狭しと並んでいます。
 これらの機器は、全て3電源方式(発電機、小型充電バッテリー、ソーラーバッテー)で使えるように、それぞれの電源を用意してきています。
 中心部には輸送用のプラパールBOXを利用して食卓テーブルが作られ、かわいいテーブルクロスもかかっています。ここは、食堂および隊員の憩いの場となっています。
 居心地が良いのか、個人用テントがあるにも関わらず、本部テントに居座っている隊員もいます。
 また、発電機からキッチンと本部テントに電線を引き、なんと電灯も点くのです。
 これだけ近代的な装置を揃えているのですが、外はマイナス15度の冬だと言うのにストーブがありません。
 誰か持ってきて!
 今回は本部テントをご紹介しました。
 次回のご紹介をおたのしみに。

1999年11月29日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
本部テントの内部


 

●コメント

 昨日は予想どおりの大雪に見舞われ、除雪に大変でした。
 今日は一転快晴の日となり、トレースを付けに4人の隊員が出発して行きました。
 しかし、予想以上に雪は深く、BC−ABC間の3分の1まで到達するのがやっとでした。
 明日また引き続きラッセルをしてABCまでの道を確保しなければなりません。
 昨日を堺に急に気温は下がり、一段と冬らしくなって来ました。
 厳しい環境の中ですが、全員一丸となって登頂に向け頑張っています。

1999年11月27日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
大雪に見舞われ、除雪が大変


 

●コメント

 道新スポーツ様

 今日、25日は朝から雲が低く垂れ込め小雪がちらついて来ました。
 日本気象協会北海道本部からの気象レポートの予報でも、今日から明日、明後日にかけて強い気圧の谷がマナスル付近を通過する見込みとの情報を事前に受取っていたため今日の行動を中止しました。昼間は一次小止みになっていたものの午後からまた、雪になり秋季登山の時から的確に送られてくる気象情報に感謝しています。
 しかし、23日、24日と2日に渡りせっかく付けたABCまでのトレースがこの雪で全て消えてしまう恐れもあり、あまり大雪にならなければ良いがと心配しています。
 いまの所計画より2日の遅れですが、秋のときのように雪のために長期の停滞を強いられると後半になってジェットストリームの影響が心配になってきます。
 なお、写真は11月26日朝のBCの様子です。

1999年11月26日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
11月26日朝のBCの様子


 

●コメント

 23日より本格適な登山活動が開始され
 BCよりABCへ荷上げに行く工藤隊員
 後ろに写っているのは本部テントとキッチンテントです。

1999年11月24日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
BCよりABCへ荷上げに行く工藤隊員


 

●コメント

 秋のベースキャンプの横を通りABCへ向かう工藤隊員とシェルパ。
 秋に登ったマナスルノースがよく見える。

1999年11月24日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
秋のベースキャンプの横を通りABCへ向かう工藤隊員とシェルパ



 道新スポーツ11月23日の記事

1999年11月23日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
本峰登頂は速攻勝負その1
本峰登頂は速攻勝負その2



■安全祈願祭 1999年11月24日11:00 記

 道新スポーツの井上浩二記者より、マナスル登山隊からの安全祈願祭の写真が転送されてきましたので、掲載させていただきます。

●コメント

道新スポーツ様

 安全祈願祭の写真を送ります。

1999年11月24日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
安全祈願祭その1


 

●コメント

 昨日は、他に2枚の写真を送る予定でしたが、時間が取れなくて取り急ぎBC設営の場面だけ送りました。今日は他に取った写真を送ります。
 昨日、プジャ(安全祈願祭)を行いましたので、そのときのもようを送ります。
 後でBCの写真は取りなおして送ります。

1999年11月21日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
安全祈願祭その2

●1999年11月21日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
安全祈願祭その3



■マナスル登山隊のベースキャンプより 1999年11月22日11:30 記

 道新スポーツの井上浩二記者より、マナスル登山隊からのレポートが転送されてきましたので、掲載させていただきます。

●コメント

道新スポーツ様

 ヘリコプターからの写真は残念ながらありません。
 ケルモカルカから送信した後、
 ベースキャンプを設営し、落ち着くまで送信機器の準備ができなくて、今日ようやくPCを取り出しました。20日にBCに着き、今日と明日準備をして、明後日からいよいよABC設営のために荷揚と上部工作に向かいます。
 BCの位置は秋の時より50mほど手前に構えました。日当たりと景色はとても良いところです。

1999年11月21日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
マナスル登山隊のベースキャンプより



■道新スポーツ11月20日の記事 1999年11月20日14:20 記

 道新スポーツの井上浩二記者より、マナスル登山隊の最新の記事が送られてきましたので、掲載させていただきます。

1999年11月20日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
マナスルに挑む さあ本峰挑戦



■冬季マナスル本峰 登山開始 1999年11月20日10:20 記

 道新スポーツの井上浩二記者より、マナスル登山隊から届いたレポートを転送していただきましたので、掲載させていただきます。

●コメント

道新スポーツ様

 しばらくご無沙汰致しておりました。
 秋季登山終了後、全員それぞれに休養を取り、五日前から冬季の準備にかかりました。麓(サマ)の村に装備をデポしてきましたので、食糧の用意をすることに時間がかかりました。

 本日11月18日にカトマンズを出発し、冬季マナスル登山に出発いたしました。
 午前中に一回、午後に一回、秋季登山で12日かかった道のりをヘリコプターでわずか40分、一気にケルモカルカに着きました。

 一ヶ月ぶりに見るマナスルはあまり雪も無く下山した時の方が多かったような気がします。しかし、上部は雪煙がたなびき、風が強い様子が伺えます。
 気温はかなり低いように感じます。
 雪煙のたなびくマナスルを見ていると、これから始まる登山の事を想像し、気が引き締まってきます。全員闘志満万ですから、きっと良い結果が出ることと思います。

1999年11月18日 受信画像 画像をクリックすると大きくなります
冬季マナスル登山に向かう札幌山岳連盟のマナスル登山隊 その1


 

●コメント

道新・井上 浩二様

 北海道は今ごろ雪が降っているのではないでしょうか。
 冬が刻一刻と近づいて来ているのが感じられます。

 明日は、デポジットしてある荷物を取りにサマ村に行く予定です。
 再度梱包をして20日にベースキャンプに向かいます。
 次はベースキャンプに落ち着いてからのレポートになると思います。

1999年11月18日 受信画像 画像をクリックすると大きくなります
冬季マナスル登山に向かう札幌山岳連盟のマナスル登山隊 その2



■道新スポーツ11月9日の記事 1999年11月15日18:40 記

 道新スポーツの井上浩二記者より、マナスル登山隊からの最新の記事が送られてきましたので、掲載させていただきます。

1999年11月9日  受信画像 画像をクリックすると大きくなります
マナスルに挑む 井嶋隊員が一時帰国



■江崎隊長よりカトマンズに無事到着したというメールが届きました 1999年11月2日00:40 記

 マナスル北峰の登頂を成功した江崎隊長から、全員無事にマナスルに到着したというメールが東京連絡事務所に届きましたので、掲載させていただきます。

●コメント

 10月30日カトマンズに全員無事到着しました。
 しばらく休養したいのでメールは送れません。
 11月4日から多分ポカラにて休養しています。
 次のメールは13日ごろになります。
 予定では18日にヘリで入山予定です。